“努力をしないこと”の重要性
残業代の意味は「努力をする人間になってはいけない」ということ
先日、「知る、カカクコム。 – 内定者がおくる会社ガイド2011」のコンテンツとして、
社員の方に会社のことを聞いてきました。(記事は未UP、09.10.11現在)
その中で「ああ、良い仕組みだな」と思ったのは、残業代が全て出ること。
なぜ良いかといえば、残業代が出るからこそ残業が望ましくないこととして認識されるからです。
実際に残業は少ないし、多い人よりも少ない人の方が評価されるそうです。
さきほど、Twitterで知った下のエントリーを見て、そのことが思い起こされました。
BLOG「芦田の毎日」: 2004年度卒業式式辞 ― 努力する人間になってはいけない
これまでもよりも時間をかければ目標が達成出来ると思っている。
この時間主義を努力主義と呼んでいいのですが、これでは仕事はできません。特に企業は時間を嫌います。
時間をかけることが企業の美徳ではなく、いかに短時間で高度な目標を達成出来るかが企業の見果てぬ夢だからです。
昨日2時間でできたものを今日は1時間で果たそう、そう企業は考えます。
努力主義は昨日2時間でできなかったから、今日は残業して(無理して)4時間でやり遂げようとします。
全く逆のことをやっているのが企業に於ける努力主義です。
自分の体験からこの問題について語ってみます。
ドラムで脱力が必要な理由
私は大学に入る前、ドラムをしていました。
その時フォローしていたのが、デイブ・ウェックルというドラマーで、
中でも「Natural Evolution」という教則ビデオに影響を受けました。
彼が強調しているのは、“脱力した、自然な動きの重要性”です。
脱力は、速さと大きさ、美しさに対して有効です。
まず速さ。
手首に力を入れたまま、手首を曲げることはできません。
つまり筋肉に力を入れるということは、体の位置を動かさない側に賭けているのと同じです。
では、体の位置が簡単に動くメリットがどこにあるかというと、
- 太鼓のバウンドが利用できる
- 太鼓間の移動時に円運動のような自然な動きができる
ということで、全て速さに直結します。
次に大きさ、美しさ。
力を入れるということは、振動を殺すということです。
振動を殺すと、音の音量が小さく、詰まった音しか出ません。
オープンな大音量を鳴らすには、太鼓だけでなく、スティックを鳴らすぐらいの感覚が必要となります。
それから音の大きさという点では、脱力すれば腕の重さや振り上げた反動をフルに活かせる、ということもあげられます。
シンプルにいえば以上のような理由で、徹底的に脱力します。
素人〜達人の脱力度合い
ではどのぐらい脱力すれば良いか。
体というのは中心部に近付くほど、脱力しにくくなります。
手首に力を入れたまま、腕の力を抜くことはできませんし、
腕に力を入れれば肩、肩なら背中という風に筋肉の緊張は連鎖します。
ドラムのド素人だと、スティックを握る手がガチガチだったりします。
段々力が抜けてゆき、プロになると肩ぐらいまでは脱力できているようです。
デイブ・ウェックルに至っては背中まで脱力できており、奏法を見た合気道の先生が「この動きはあり得ない」と言っていました。
また今は亡きバディ・リッチという伝説の達人がいるのですが、彼に至っては力が抜け過ぎて抵抗が無かったために、止まった蝶が飛びたてなかった、という逸話まであります。
さすがにそれは嘘でしょうけど。
ちなみにこれはドラムに限ったことではありません。
ボーカルだって喉に力を入れて歌うのは、自分で首を絞めながら歌うに等しいです。
ヒクソン・グレイシーでさえ、脱力を練習に取り入れています。(しかもスゴいレベルで!)
脱力を身につけるためにしたこと
これを指導して下さった師匠がいるのですが、初心者の段階で体の動きを教わったことは、私にとって幸運でした。
音楽センスが全くない私が、多少なりとも仕事をこなすことができたのは、このおかげだと思います。
また、テクニックが自分よりも遥か上の方に指導することができたのも同じです。
師匠のおかげなのですが、方法論においては、誰よりも最短ルートを通ってきたと自負しています。
私達は、他の人達のような努力はしませんでした。
ドラムのために走り込んだり、筋トレはしていませんし、早く叩くために同じ動きをやり続けることもほとんどありません。
むしろそういった努力は、「下手になる努力」として徹底的に排除しました。
それよりも効率の良いエネルギーの使い方を探求するとか、
音を出すという目的から逆算して必要な諸条件を揃えることの方が重要でした。
最後に
と言いながら、私は基本的には努力家タイプで、ほっといたら無駄な努力に花を咲かせてしまいます。
自省を込めて、書いてみました。
chinneng